※春を待つ北方領土の視える村
ベランダから差し込む冬の日差しに春を感じる。
間もなくに桜の開花の知らせが情報番組を通して聴こえてくるのだろう。
出かけることは少ないが、足の衰えは日に日に感じていて、歩くときには転倒しないようにいつも気遣っている。
「世界の小澤」もこの世から消えた。次は誰だ?一応の目安として、加山雄三や石坂浩二の名前が浮かぶが、彼らはきっと長生きする。
この世から消えることは、必ずしも歳の順ばかりではないが、50歩100歩、5年や10年なんて差がないに等しい。
考えてみるまででもないが、この世に生まれて、ローンで家を建て子供を育て・・・
そのことで人生の成功者と認められる・・・何と他愛のない話だろう。
いつも思うのだが、イタリア旅行中、ローマからナポリのバス移動の際、建設途中の家が多く観られた。イタリア人は家の建築にローンを組まないらしい。年収に応じて毎年少しづつ部屋を増築するという。日本は銀行からの貸し入れで、購入価格の同額程度の利息を払う。人生の落後者はそれすらできない。
遺した土地建物が相続の争点となったりしてなんとおぞましいことか!
人の一世の生き方として疑問を感じる。
庭の椿の花も芽吹いている・・・
春は近い・・・といっても暦の上では今は春である。