躁と鬱

数日前から鬱期に入ったようだ。

今までは鬱期かな?と思ったら逃れようと努力をしたりしたが、意識すればするほど深みに嵌る。

時間が解決してくれる。

気持ちの問題だ。何かのキッカケで元にもどる。

 

この頃は睡眠導入剤はまったく必要としない。

夜、10時のテレ朝のニュースをチラッと視てベットに入る。

直ぐに眠れる時もあるが、そうでなかったら少し読書する。

寝ても2時間程度、熟睡するようだ。そこからが自分の時間、録画してあるTVを視たり読み掛けの本のページを開く。

時によっては、朝5時に配達される朝刊に眼を通し、そこからが睡眠となる。

10時ごろに起床する。

 

ノーベル賞の時期になると毎年話題となる村上春樹氏の本は10冊ほど書棚にある。一冊として完読していない。何でだろう?といつも思う。

同じ棚に、村上龍氏の著作も5冊ほどあるが、完読した本は一冊もない。読んでいて楽しくない。読みづらいのが原因だ。私の感性に合わない。

途上人物の多い本は苦手だ。中国人、英語名、外国人の名前が覚えられない。この私の悪い癖を治すために「相関図」に書いてみたりしたがいつのまにかやめてしまった。

根気強くない私の性格が読書にもあらわれる。

 

この頃、生きていて楽しくない。いつ死=消滅となっても心残りが無いだろう、と思う。完璧に人生を過ごしたから‥ではなく、これから生きていても何の取柄もないことを知っているからである。

「余生」というのだろう・・・・

生が余ったしまった・・・

山の中に棲んでいると、一日の感染者が10万人を超えたとかのニュースも身近には感じていない。

マスクも、日帰り温泉の入館時から脱衣所まで、買い物の店内のみの使用となる。

脱社会人を自認している老人にとって、身近とはならないが、今年の冬は特に風邪に罹患しないよう注意している。

いつまでもマスク義務付けに疑問をもっていたが、風邪+コロナは老人にとって

最低限の防御と思っている。

 

昨夜は月刊「文藝春秋」の特集記事「がん治療」を真面目に讀んだ。何にしろ、治療療法には多額なお金が絡む。

私には諦めのつく高額治療をしても、すべてが延命治療であり、数か月の延命効果しかない。

綺麗にさっぱりと、死=消滅とは思わずに、あの世の存在を認め、死=通過点として対応すれば心の重荷が軽くなる。

人間は賢い。死への恐怖のやわらぎ方を生み出す。過度でなければ宗教に縋ることも可とすればよい。

私は、死=消滅派だから「死後の世界」は信じていない。

 

急激に脳みその衰えを感じる。

言葉が浮かばない。そろそろ、兄弟に充てての「つぶやき」「ひとりごと」は閉鎖する時期か?

 

北朝鮮のミサイル発射のニュースが度々とある。

横田めぐみさんの拉致の対応を含め、日本は国としての体裁を失っている。防衛費の増額から消費税の大幅な値上げも検討されているようだ。

いつか、何処かで、日本は大きく変貌する。

わたしの生きている間に・・・

読みてに任せる

毎月の10日を楽しみにしている。月刊「文藝春秋」の発売日だ。

この頃では、本屋さんだけでなくセブンイレブンの本棚にもある。

最新保存版として、ガン治療が特集されているが、高額な費用である程度の存命は可能のようだが、私のような貧困層の、そして高齢者には、潔しの死に方が似合いだ。

自分との、この世との惜別には運命という名のもとに潔くなければならない。

尊厳死とは云わないが「安楽死」の法制化は実現不可能なのだろうか?点滴及びコップ1杯の飲用で数秒単位で死ねるようだ。寝たきり老人の平均は10年もあるらしいが、御免被りたい。

人間としての最期の判断は個人個人の責任で下せることができる世の中にしたいものだ。

なんちゃって・・・自分が元気で生活できているから云えることかもしれないが、本心からの言葉だ。

すべてが、死イコール消滅の想いからきている。

○○座生まれとか○○月生まれとかでの運命判断、嘘っぱちだ!手相占いにしても同じだが、若いころに手相占いで「離婚すること」「子供との縁は薄いこと」がピッタシカンカンなので、ただの遊びとも思えない節がある。

偶然の一致と思うことにする。

 

ヤクザの世界も、部落民や虐げられた朝鮮人が根元になっているようだ。同じ人間として韓国人を視ていない時代があって、虐げる対象が韓国人であるようだが、その韓国人は、中国人・韓国人・日本人と日本を最下位としているところに日韓問題の難しさがあるのだろう。

戦前は、朝鮮人として一等下に見くびってきた日本の過去を反省してほしい。

 

月刊「文藝春秋」は多くの判断の資料としてとてもよくできている。

読み手が正しく理解できるように、判断材料を紙面に生かしている。

右にも左にも配慮する・・・

それが、岸田政権のような、あやふやな中途半端な政治となっている。

統一教会の信教の自由の名のもとに政治と宗教の合体は恐ろしいことだが、もうすでに政権の中に創価学会が入り込んでいて、そのことに疑問を挟まない右翼の方々、統一教会創価学会も同じ穴の狢です。

やはり、政治と宗教は一体化しては駄目です・・・と私は思う。

 

予定通りというか、予見通りというか、服用する薬を貰いにいくついでの診察、「まったく問題ありません。不整脈もありません」とのこと・・・

死に至るには何かしらの病名が必要となる。

「老衰」は病名だろうか?

平成7年生まれの人の平均寿命は107歳らしい。何を基準として発表しているのか定かではないが、81歳4か月の私の年齢は昭和16年生まれの平均寿命のようだ。

知識人、著名人と云われる人の60歳代の死亡も多く新聞の死亡欄で見かけるが、何かをやり遂げた実績を残しての死はそれなりの価値ある死と云える。

その点、何の意味もなく、車庫に留まりエンジンのかからぬままのわたしは、生きている価値はまったくない・・・と思うと切ない。

急ぎなさんな!「老衰」という死因はあちらからやってくる。

何もこちらから「死」に近づかなくてもあの世へと導いてくれる。

云い忘れたが「彼の世」の存在は私は否定している。

「死」イコール「消滅」である。

この世で、苦しみより楽しみが多かったと認識すれば、私にとって「生きてきてよかった!」となる。

従って、死の床の点滴さえ不必要だ!

死の間際の走馬灯の中身は充分に補充している。

夜ごとのベットでの読書、

「虚無のオペラ」小池真理子、表紙のスタイルの良い女性の裸体。本文の画家のモデルのように魅力いっぱいだ!

「日曜日の夕刊」重松清は今夜の読む本だ。

「実」の世界から「虚」の世界へ・・・

読書は「虚」の世界の入り口である。

 

昨日は赤城山紅葉狩りと洒落たが、チャッピーの初の外出。クロスケがなかなか捕まらずに少し苦労した。

 

 

ポツンと一軒家

テレビ番組で欠かさずに観る番組に「ポツンと一軒家」がある。

先日は、岩手県の武田藩の末裔の話だった。

山梨県に南部町がある。

陸路なのか海路なのかはわからないが、武田藩の落ち武者が創った南部藩であり、今の岩手県なのだろう。

若かったらなぁ・・・蝦夷を追い出して南部藩になった歴史など学ぶと面白かったろうに、と思ったりする。

分かったところで何の役にもならないが、すべてが武力での制圧なのだろう。

今の世にも当てはまる。

地球上で一番の面積を誇る領土がありながらウクライナの土地を奪おうとするロシア。

この国が国連の常任理事国

表立って争いに加担できないアメリカの弱腰外交。

近頃、日本は北朝鮮のミサイル発射に敏感に反応する。軍事費の国家予算2%を得るための理由付けなのか、国防の名のもとに再軍備化に舵をとっている。

いつまでも、アメリカさんの言いなりに軍事品を輸入するのではなく、自国で軍事産業を盛り立てればよい。

自分の国は自分たちで守る。永世中立国のスイスでさえ、一年に何度かの実射訓練が義務付けられている。

韓国は徴兵制度があり、若者は2年間の軍事訓練が義務となっている。

日本も男女を問わずに自衛隊への入隊を義務付けると世の中が変わる。

人間の闘争本能が生かされていない。

北朝鮮のミサイル発射にいちいち反応するのは止めましょう。

北朝鮮の沿岸に、日米韓の母艦を並べる。金一族の北朝鮮は崩壊する。

なぁんちゃって・・

物事を短絡的にしか判断できない、わたしの悪い癖!

 

今日は通院の日だ・・

たぶん、「模範的な糖尿病患者」と診断される。

この自信、何処からくるのだろう?

 

干し柿

どのような理由かわからないが、毎年たわわに実の付いたキウイは一つとして実にならなかった。6月の猛暑が原因か?

柿の実はカラスにもとられたが、干し柿にして食している。

来年にはもう1本の柿の木に実が付くので干し柿も倍増する。

 

「ちゃっぴー」は体重も2㎏を越えて益々元気になった。

M子の「生きているおもちゃ」としてかわいさが増している。

81歳と5か月、病気で寝込むことなく毎日を暮らしているが、車での移動が可能な限り人間らしく生活できている。

できればだが、3年後の運転免許証の更新も視野に入れて長生きしたいものだ・・・

私の健康のバロメーターは、毎日通っている日帰り温泉の入館時の検温だ。

35度台に終始している。

風邪は万病のもと、特にコロナを意識していないが、気遣いは欠かさない。

コロナの予防接種をしない国民の8%の中に居るので、それなりの気遣いは欠かさない。

生きていても、社会への貢献度は0だ!

それが悔しい!

高みを目指す・・・

何事に於いても、高みを目指し努力する人を蔑んではいけない。

小室某さんは皇族である女性に、留学の説明会で隣に座り話しかけたことがことに始まりであったと聴く。

三度目の弁護士試験、合格、おめでとう!

私のように、高みを目指す意欲の無い努力もしない、生活の手段としてそれなりの生活費を得ることを考えて生きてきた人には、小室某さんを非難する資格はない。

まぁ、弁護士資格を得たことは事の始まりであって弁護士としての能力次第で将来が決まる。

私の知っている弁護士は、刑事事件の弁護は引き受けないそうだ。斬ったはったは苦手らしい。

病院の医師のように、外科専門内科専門小児科専門と弁護士にも得意分野が分かれるのだろう。

さしずめ、アメリカは会社間の裁判が多く、小室某さんはその方向かな?

 

若いころ友人に、勉強も仕事も努力なしに生きている人、と云われたことがある。

そうだと思う。要するに、高みを目指してこなかっただけのことだったのだろう。

生まれ変わったら・・・私には似合わない言葉だが、高み目指して、努力の人になろう!

 

今はどうなっているか知らないが、インドを旅した時、カースト制度で4段階に国民は分かれていて、同じ階級の人としか結婚はしないと聴いていた。生まれながらの差別には抵抗感はないのだろう。高みを目指してもその階層の中の高みかと想像する。

王様も6人か8人いるようだが、イギリスの植民地以前の話ではなく現存しているようだ。

人の上に人をつくる。社会の成り立ちの常識か?

 

統一教会」騒動、政界を含め情報番組を賑わしているが、九州と韓国までの海底道路の工事の跡があったが、宗教が政治に組み込まれている事実に驚いている。

与党の一員として創価学会が入り込んでいるが、突き詰めていけば宗教が政治に組み込まれている。

選挙の度に、100万票の公明党票が離れているようだが、宗教と政治の分離には数十年単位の時間が必要か?

 

正確に云えば、12月1日にならないと、トイ・プードルが保護犬から飼い犬にならないが、すっかりと馴染んで今ではM子と取り合いになるほど私にも懐いている。

左後ろ足の不便さは不憫だが、可哀そう・・が可愛いにプラスしてこの家を明るくしてくれている。